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陳碧瑤小姐

日本の漫画とドラマが特に好きです。
でも、学校では、日本の難しい文学史
も読みこなします。
また、日本語検定一級をもつ才女です。

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台湾の広告の現状(2001.9.24)

九月十七日に「ナーリ」という中度台風を上陸して、台湾は史上最悪の水害に見舞われた。
道路も冠水した。MRTと台北駅が地下部分で水没し、MRTは復旧まで半年かかるかもし
れないが、
いま全力修復しるから、一、二ヶ月復旧できるそうだ。台北駅は昨日の2時に
もう復旧したが、
クーラー設備や電力システムがまだ全面的復旧してない。台風は速度が
遅いから、大量の雨水をもたらした。

降水量の記録も破った。陽明山だけの降水量は1000ミリも超えた。豪雨のため台湾のある
地域の家屋のニ、三階まで
浸水した。台北県や宜蘭県などで洪水や土石流が発生し、私の家
の近くにも小さいな土石流が発生したが、私の家は大丈夫だ。
心配しないでください。
でも、大衆運輸システムの損壊のため、交通も麻痺しているから、今は「交通黒暗期」と呼ば
れている。
通勤はとても不便だ。平常、一時間で会社の着けるのに、今は二、三時間がかかな
ければならないから、とても大変だ。
そして、台北市民は大量の浸水した家具や電器を捨てたから、台北のごみが激増うしている。
清掃作業員は全部のごみの整理一時にはできないので、臭みがだんだん強くする。ちょっと
堪らない。
生活が正常を取り戻すのには暫く時間がかかるかもなあ....とにかく、今回の台風被害
は深刻だった。
そして、天気予報によると、近日十九番の台風も上陸するし、大量の雨水も
もたらすそうだ。とても心配だ。


台湾の広告の現状(2001.7.23)

最近、台湾では空前な日本ブームを感じます。一種の社会現象にもなっています。

食料品から日常用品まで「日本風」を取り入れるという広告が激増しています。

「日本風」を添加されている商品は「哈日族」の目付きが掴めますから、売上

げが飛ぶように売れるそうです。

それで、大量の日本語を喋っている広告がどんどん出ています。しかも、日本

CMをそのまま流しているし、CMの挿入曲も同じです。まったく日本から直輸

入版みたいなのです。そして、日本の広告のアイデアを真似っていた広告もありま

す。それではなくて、広告の役者は台湾人なのに、日本語を喋っていた広告もあり

ます。

確かに、日本の広告には不思議な魅力があります。日本の広告表現は間接的で

、色々な意味を想像させるものが多いですから、観客に面白い感じを与えられます。

が、今の台湾の広告代理店は産品の特性を考えないで、産品は外国から輸入するよう

な錯覚を生じたいそうです。この宣伝の手法で商品の売上げが刺激できますが、台湾

の広告は台湾の本との味が欠乏すると、台湾の広告の人才は発展性が失ってゆくかも

しれません。

広告は言葉、音楽、映像などを使って、産品のイメージがアピールできます。しかし、

殆どの台湾の広告代理店は広告の本質を忘れ、社会的な流行を追随するばかり広告を作

っています。

結局、それは何の商品の広告か分からないものが多くなっています。広告は商品だけ

ではなく、会社の柄を表現しているのです。広告を通じて、何を言いたいのか、それを

どのように言うのかが重要になってきます。それで、各国の流行を引用ながら、以下に

煮して自社商品の存在価値を表現するべきかと考えて、さらに自国の独特文化に符合す

る広告を作り出すことが大切だと思います。

宜蘭の紹介(2001.7.09)

宜蘭で国際子供の玩具の祭り(國際童玩節) という活動を行っていますから、宜蘭を紹介したいです

  宜蘭は蘭陽平野に位置して、三角形になっています。東側は海で、西側は山です。宜蘭の話をすると、先ず、亀山島を思い出される人がいると思います。亀山島は宜蘭のシンボルであります。観光客が電車で宜蘭へ戻る途中遠いから亀山島の姿が見えたともうじきに宜蘭に着くと言う事です。亀山島の面積は2.9平方キロで、東西は3.3キロ、広さは1.7キロです。亀の頭(高さ239メートル)、亀の甲(高さ398メートル)、亀の尾(長さ1000メートル)三大の部分に分けます。

そして、亀山島は蘭陽平野の守り神の印です。亀山島は民國89年8月1日に正式に開放されました。交通部の觀光局の東北角海岸國家風景管理處は龜山島自然な環境を守るために、初日に島に上るの總人數は250名ですから、事前に予約しなければなりません。亀山島の八景が有名です。八景は:1.亀山朝日 2.亀島?煙 3.亀岩巉壁 4.亀卵觀奇 5.靈亀擺尾(尻尾を揺る) 6.神亀戴帽 (帽子を被る)7.眼鏡石洞 8.海底?泉です。 この八景は同じ時に見え難くて、潮や天気など因素を合わせなければなりません。この八景があるこそ、亀山島はチャーミングな風采與神秘感を備えています。

                                                                
亀山

 ひきつづき、宜蘭にある礁溪という所をご紹介します。礁溪は温泉地で知られています。観光客がよく訪れている所の一つです。。礁溪の温泉の温度は57度ぐらいで、胃病と皮膚病によく効きます。礁溪の別称は男の楽園とも呼ばれております。それは風俗の商売が盛んでいたからです。                            

礁溪?泉

 



礁溪温泉





もう一つは羅東にある運動公園という所です。この公園は日本人から設計してもらって、自然に触れようと言うテーマにしました。公園には広い芝生があって、多くの観光客に喜ばれて、名所になっているのは意外です。

 水遊びができる「親水公園」は宜蘭で一番な観光スポットです。毎年夏の七、八月、    

(今年は七月七日から八月十九日まで)あそこで国際子供の玩具の祭り(國際童玩節)という活動を行いますから、20何ヶ国のパフォマンスクループを来てもらって、大勢な観光客を加えて、とても賑やかです。この活動の目的はこんな交流を通して、大人と子供の間の距離と言うものを縮めて、お互いにしっかり繋げようとのことです。

 ←国際子供の玩具の祭り


また、八、九月に冬山河で「国際ボートレース」を行います。参加したチームは日本の早稲田大学慶應義塾大学 や台湾の輔仁大学師範大学やイギリスのケンブリッジ大学トロント大学 やドイツのフンボルト大学など十校二十二チームでした。




    ▲
国際ボートレース

 あと、武?坑という所は一本澄んでいる川が通ることにより、名前を付けたのです。そこで全国のキャンプ大会を行ったことがあります。今年の三月一日から四月八日にかけて緑色博覧会があり、26万の観光客も訪れたと言う。実に言うと、素晴らしいキャンプ場です。

 最後に、蘇澳の冷泉をご紹介します。蘇澳冷泉は蘇澳駅の向うの冷泉の七星嶺の下,冷泉街の角を曲がるとすぐ七仙女の彫刻を見えて、七仙女の彫刻の真ん中は「天下奇泉」って石造美術を立てます。毎年の夏、他所の人がわざわざ冷泉を試しに来ます。冷泉の温度は一定していて、効能は温泉と変わらないです。

  とにかく、宜蘭はとても美しい観光地ですから、是非遊びに来てください。

  ●台湾の伝統芸能--「歌仔戲(2001.5.28)

 小さいとき。よく両親について寺廟のお祭りに行って、「歌仔戲」を見ました。
道端で仮設の舞台を設けて、誰でも見ることができるようになっていました。
俳優も華やかな衣装を着て登場しました。なんか眩しい感じでした。そして、
裏返る寸前声を使って、非常に魅力的な台湾語を喋っていました。それで、
歌を歌っているときは普通の声なのに、台詞はわざと甲高い声を出してキャラクター
を作っていました。台湾語が分からない幼い私さえも盛り上がって場面に吸引されました。
それから、「歌仔戲」に切っても切れない情念が湧いてゆきます。
  
 「歌仔戲」は台湾語で「ゴアヒ」と発音しました。台湾オペラと呼ばれることもあります。
台湾の伝統芸能は多くが中国から伝えられたものに対して、「歌仔戲」は唯一台湾で生まれて育って
伝統芸能です。そのため、台湾の人達に対して、特別な意味があります。寺廟の前で演じられている
歌仔戲は現地の民間の人々がお金を出して招いたものです。政府の補助はなくても、台湾各地どこに
行っても歌仔戲を見ることが出来ます。それは歌仔戲に大きい魅力があるからです。台湾の伝統芸能
の中では、特殊なジャンルだと言えるだろう。
 
 歌仔戲の原形が演劇ではなく、歌謡でした。この歌謡は中国大陸福建省南部から移民してきた人達
が持ち込んできたものでした。その当時、竹竿で空き地の周囲に挿して、俳優はそのままで即席演出
をしましたから、「歌仔戲」と言う名前ではなく、「落地掃」と呼ばれていました。歌仔戲の始まり
は百年前の宜蘭で民間の劇団がお祭りや農閑期にノンプロの演出をするそうです。表演のテーマも皆
がよく知っている大衆化の歴史や伝説でした。それに、当時歌われていたのは地元で流行っている民間
歌謡でした。庶民には親しみを覚えたから、すぐ絶大人気を博しました。日本統治の「皇民化」時代と
国民党初期の混迷な政局の影響を受けても、歌仔戲が途絶える事はありませんでした。言わば
生きた伝統芸能です。
 
 歌仔戲自身の特別な歌い方や仕種もやはり精緻で典雅な台湾語演劇の縮写です。昔の物語り
を演じていても、現代的な精神を持っています。古い時代の衣装を着て演じると、一見すると
中国大陸の京劇や黄梅劇などと同じようですが、本質は違います。歌仔戲には本当の台湾の
味わいがあると思います。それだけに、歌仔戲を理解すると言うことは台湾文化の本質や深層
を理解することに繋がります。
 
 でも、その昔、またテレビがなかった時代に歌仔戲は台湾庶民の代表的な大衆娯楽の一つとして
栄えましたが、今では色んなマスコミの影響で歌仔戲は台湾人民の主要な娯楽ではなく、地方の
祭りなどで偶に見かける程度でまた若者世代の殆どはテレビしか歌仔戲を見た事がないとも
言われますから、本土化の流れの中で、伝統芸能を如何に復活させるかが今日の台湾の大きな
課題にもなっているだろう。

鼎泰豐〜小籠包(2001.3.1)

【一】

中国ではどちらの省の人でも肉饅頭が作れるけど、『小籠包』という肉饅頭を作って有名になれたのは『鼎泰豐』という店しかない。台北信義路二段、永豐街口というところにある小さいな店に、毎日、客が数千人も来ている。鼎泰豐というレストランは世界中、唯一にアメリカのニューヨーク・タイムズの「世界十大のレストラン」に登場している中国のレストランである。しかも、このレストランは小籠包によって、日本で初めて成功の経営している中国のレストランでもある。

鼎泰豐は技術に厳しい要求がある。(例えば、皮をつくと饅頭を捏ねる技術、ギョウザの形・・・など)皮も薄く、量もたっぷり、肉餡の調味も適当だ。それともこの店の特色だ。

有名な鼎泰豐は技術と品質を保持するために、台湾では一軒の店があるしかない。でも、日本ではもう四軒があった。それは何故ですか。高島屋の代表の佐野さんは日本の鼎泰豐の成立を促したから。佐野さんのたゆまぬ努力の結果で、鼎泰豐の主人はやっと頷いて快く承諾した。日本で鼎泰豐は「高島屋の鼎泰豐」という姿で現れた。言い換えて、鼎泰豐は高島屋集団のネーム・プレートである。1996年10月4日に鼎泰豐は新宿の高島屋デパートでオープンしてから、毎日は大変な人込みだ。その後、横浜と名古屋と熊本の支店は次々と設けた。只今、京都の支店は準備している。

しかし、ある消費者は台北と日本の鼎泰豐を比較して、日本の味がちょっと美味しくないと言ったそうだ。主要の原因は多分台湾の気候、温度、食事の雰囲気に影響されるからだ。今でも日本はまだ完全に「元の味」を現わせないから、ちょっと残念だ。そういうわけで、日本人は台北へ来たら、殆ど台北の鼎泰豐へ行く予定がある。

「小籠包」は中国の伝統の食べ物だけだが、鼎泰豐の努力で、小籠包は中国の飲食文化の芸術になります。

【二】

どうして皆に鼎泰豐を紹介したいんですか。その理由は鼎泰豐が中国の伝統の食べ物を発揚した。日本で外来の飲食を引き込んだら、一般的に興隆が三年ぐらいだけだ。しかし、鼎泰豐は各方面が厳しい要求で、今まで、大勢がその門口の前に列に並ぶ。一時間をかかっても、その美味を食べてみたいです。だから、鼎泰豐は単純な店だけじゃなくて、台湾人の光栄だと思う



まるごと台湾